ハイアットリージェンシーホテル 空中通路の落下事故事例 アイキャッチ

設計失敗学

歴史から学ぼう!! 設計失敗学-ハイアットリージェンシー空中通路落下事故-

失敗から学べることは多くあります。例えそれが自分の失敗でなくても失敗を考察することで教訓を得ることができます。そこで今回は有名な設計失敗事例を紹介し、その失敗を考察していきたいと思います。

ドイツの政治家オットー・ビスマルク氏は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というの言葉を残しています。それほどの過去の失敗というものは財産なんです。本記事で、過去の歴史的な失敗事例から教訓を学び、あなたの設計ノウハウとして活かしましょう!!

今回紹介する失敗事例は
ハイアットリージェンシーホテルで起きた空中通路落下事故です。

設計変更に潜むリスクを考えてみよう

事例説明の前に、まずは問題です。考えてみましょう。

ハイアットリージェンシーホテル 空中通路落下事故 簡易説明1

上図の通路は、柱とワッシャ、ナットで支えられています。当初は”設計A案”で進めていましたが、柱が長すぎることや施工もやりづらいことから、柱を分割した”設計B案”に変更しました。これで、材料の入手性もよくなり、施工も楽になるため万々歳です・・・・・果たして、本当にそうでしょうか。構造をみて、じっくり考えてみましょう。あなたはこの設計変更に潜む重大なリスクが見えますか?

ハイアットリージェンシーホテル 空中通路落下事故 簡易説明2

構造を”設計A案から”設計B案”に変更することにより、赤丸で囲んだナットと梁は上下の通路両方の重量を支えることになります。つまり、”設計B案”のナット・梁は”設計案A”のナット・梁に対して、倍の負荷がかかるわけです。となれば、同じサイズのナットではまったく駄目なのは一目瞭然です。この部分に関しては、本来ならばもう一度設計計算を行い、柱を太くする、梁の厚みを変えるなどの対策が必要になってくるわけです。言われてみればなんてことのない当たり前のことですが、あなたはこのリスクに気が付くことができましたか?

ハイアットリージェンシー空中通路落下事故とは

上記で紹介した例は、実際にアメリカで起こった失敗事例です。1981年7月17日にアメリカ合衆国ミズーリ州カンザスシティのハイアットリージェンシー・ホテル・カンザスシティ内で突如、空中通路の落下するという大事故が起こりました。

ハイアットリージェンシーホテル 見取り図

この空中通路は当初、一本の長いロッドで上下二つ通路を支える構造でしたが、施工性の問題からロッドの分割する案が提案され、各関係部署がその変更に同意しました。当初の計画案では、安全率は2だったのに対して、この変更がなされたことで安全率は1となってしまいました(事故の検証で発覚)。安全率1とは、構造自体が通路を支えるのに必要な強度ギリギリの状態であり、少しでも過剰な負荷が加われば破損に至る可能性があるということです。

事故当日、ホテルのロビーではダンスコンテストが行われており、通路には何十人もの見物客が押し寄せていました。そして、上部の通路が見物客でいっぱいになったとき、荷重に耐えきれず梁が破損しロッドが抜けて、上下両方の空中通路が崩壊しました。落下の衝撃、通路に下敷きになったとこで、114名の命が失われ、216名が負傷しました。建築物の崩落による事故としてはアメリカ合衆国で史上最悪のものとなり、世界で大きく報道されたようです。非常に凄惨で痛ましい事故です。

当時の報道ニュースがYOUTUBEにアップされていました。

ハイアットリージェンシーホテル 空中通路落下事故 写真

画像引用:Wikipedia (ハイアットリージェンシー空中通路落下事故)

この事故事例からの教訓を考えよう

”設計変更に潜むリスクに気が付くことが出来なかった”ということが、この失敗の原因です。なので教訓は"設計変更を行うときは、どんなリスクが潜んでいるかしっかり考えよう”ということになります。

と言いたいところですが、失敗の教訓はそんなにシンプルなものではありません。もっと掘り下げていきましょう。この事例のポイントは、”誰も反対しなかった設計変更がこのような重大事故に発展してしまった”というところにあります。誰もがこの変更は改善だと思って疑わなかったということです。

設計計算は誰かが計算しようと思わなければ、行われることはありません。この空中通路の構造上、設計の肝となる部分は梁を支える箇所(締結部)の強度であることは形をみれば明確です。設計者も当然それを意識して最初の設計を行ったはずです。重要なポイントであるはずの締結部の設計変更であるのに設計計算をやり直さなかった。これはリスクに気が付かなかったのではなく、妥当性の検討を怠ったということです。つまり、計算する必要がないと判断したのです。

では、設計者はなぜ計算する必要がないと判断したのでしょうか。ここからがこの事故事例の教訓です。設計者は最初に設計計算を行い、構造を強度的に問題のない形状にしました。その時点で、強度の検討は完了し、誰もが構造には強度的な問題がないという認識となります。次に施工の検討となり、最初の計画をブラッシュアップし施工的にも改善されたより良い形状に変更されました。構造検討は、それぞれが独立したステップで進んでおり、施工の検討後に、再び強度の検討に立ち返るということは行われませんでした。それにより、当初の設計からズレが生じて、重大事故に繋がったのです。この”立ち返る”という言葉がポイントとなります。

設計の軸と立ち返りの説明

設計は常に検討・判断の繰り返しです。様々な分岐を得て、最終的なゴールにたどり着きます。ただし、目の前に現れた問題に対する最善の解決策が、常に設計的に最善とは限りません。目の前の問題だけに対処していると気が付いたら思いもよらぬ場所にたどり着くかもしれません。判断の前には必ず、設計の軸(コンセプト)から外れていないかを確認するための立ち返りが必要なのです。

ここでいう設計の軸(コンセプト)とは、設計している機械の目的そのもの、またはそれを達成するために欠かせない重要な部分のことです。検討や判断は、常にこの軸に立ち返り行われる必要があるのです。具体的にどのように立ち返ればよいのかは、正直な話、正解はわかりません。私が行っているのは下記の3つです。

(1) その機械の設計の軸(コンセプト)を言葉・図で書き出す。
・設計の軸(コンセプト)の明確化、言語化。

(2) 書き出した言葉・図をノートに貼る。
・立ち返りの意識を忘れないため。

(3) DRの資料の最初のページにコンセプトの説明を入れる。
・設計の軸(コンセプト)をプロジェクトメンバーと共有
・設計の軸(コンセプト)の捉え方が間違っていないか確認。
※DR・・・デザインレビューの略

方法は人それぞれだと思いますが、設計の軸(コンセプト)を明確にすること、また立ち返る意識を持つことこそが重要だと思います。

まとめ

本記事の内容を復習しましょう。

・誰もが最善だと思った設計変更で重大な事故が起こった
・目の前の最善を求めると、コンセプトからズレることがある
・常にコンセプトへ立ち返ることが必要
・愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

設計における検討・判断は、常に設計の軸(コンセプト)に立ち返り行うようにしましょう。設計を行っていると、様々な部署から色々な要求があります。それぞれの部署にはそれぞれの立場や意見があり、設計者は落としどころを見つけながら設計を進めていきます。そうやって揉まれながら妥協点を探して設計を進めていると、いつのまにか脱線しているものです。私自身、何度もそういう経験があります。しつこいようですが、大切なのは設計の軸(コンセプト)を常に意識して立ち返ることです。そうすれば、正しい判断と検討が行えるはずです。

設計変更に潜むリスクについては、別記事でもう一つ歴史的な失敗事例を紹介しています。もしお時間あれば合わせてご一読ください。

※本記事で取り扱った空中通路の落下事故ですが、”設計変更は現場が設計に無断で行ったために起きた”という説もあります。私が記事執筆のために参考にした資料では、関係者は変更に同意していたと記載があったため、そちらの説を前提に記事を書いております。

下記は、本記事を書くにあたり参考にした資料です。洋書独特の回りくどさや翻訳のクセあるものの、色々な歴史的な失敗事例が載っていて非常に勉強になりますよ。もしよかったら読んでみてください!!

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