失敗から学べることは多くあります。例えそれが自分の失敗でなくても、失敗を考察することで教訓を得ることができます。そこで今回は有名な失敗事例を紹介し、その失敗を考察していきたいと思います。
ドイツの政治家オットー・ビスマルク氏は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というの言葉を残しています。それほどの過去の失敗というものは財産なんです。本記事で、過去の歴史的な失敗事例から教訓を学び、あなたの設計ノウハウとして活かしましょう!!
今回紹介する失敗事例は
フォード・ピントの車体炎上事件です。
これは具体的な失敗事例というよりも“技術者倫理問題“として考えされられることが多い事件です。技術者である限り、あらゆる方面からの板挟みは避けられません。それでも尚、正しい判断を下す義務が技術者にはあります。この事件の当事者だったら、あなたはいったいどういう行動をしていたのか・・そういった視点でも読んでいただければ幸いです。
それではさっそくいきましょう!!
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フォード・ピント事件とは
ピントとは、1960年後半にフォード社が販売したサブコンパクトカーです。当時のアメリカのコンパクトカー市場は、ドイツ勢や日本勢といった輸入車に押され気味でした。フォード社は自国の市場を奪われまいとし、急ピッチでコンパクトカーの開発に乗り出しました。通常は3年半かかるであろう開発期間を、2年弱まで短縮し劇的なスピードで開発・生産が行われました。そして満を辞して市場投入されたのが、このピントです。
画像引用:B-cles car
ピントは重量900キロ以下、価格2000ドル以下という非常に競争力のある仕様で登場しました。この2000ドル以下という“破格“ともいうべき価格のおかげで順調に人気を博していきました。しかし、皮肉にもこれがフォード社の信頼を地に落とすことになります。
なぜならピントの設計には重大な欠陥があったのです。ピントは設計上、ガソリンタンクの位置が悪く、背後から追突されるとガソリンが漏れ出し、車体が炎上しやすいというとんでもない欠陥を抱えたまま市場に投入されました。その結果、追突事故により約500人が焼死するという惨事を招いてしまいました。
画像引用:B-cles car
何よりの問題は、フォード社はピントのガソリンタンクの欠陥を事前に知っていたということです。社内で行った衝突試験では、12回のうち11回が不合格でありガソリンが漏れ、車体が炎上しました。運転者が危険に晒される可能性が高いと知りながら、その欠陥が修正されることはなかったのです。修正されなかった理由は単純で、“コストが高くなるから”でした。
(追突試験で炎上するフォード・ピント)
この事件によりフォード社は世間から強い非難を浴び、企業としての信頼は失墜してしまったのです。
フォード社内でのコスト計算~ピント・メモ~
フォード社が強い非難を浴びた最大の理由は、フォード社内で行われた非倫理的なコスト計算にありました。ピントのガソリンタンクの欠陥は、一台あたり約11ドルのコストアップを許容すれば改善できることは分かっていました。そのコストアップが許容できるかどうかを判断する指標として、人の命を天秤にかけたのです。
ざっくり言えば・・・
設計改修してコストアップするより
欠陥で焼死・怪我した人に慰謝料を払った方が損が少ない
と判断したわけです。実際にガソリンタンクの欠陥を改修するか否かを判断するために出回った報告書(通称:ピント・メモ)では、下記のような数字が記載されていたようです。
受益とは、11ドルの設計改修をした場合に受けることができる利益です。設計改修に掛かる費用と比較し、受益の方が少ないため、フォード社は仮に損害賠償を支払ったとしても、このままピントを売り続けた方が利益になると判断し、改修を見送りました。
社内で行われたこの非倫理的なコスト比較の事実は、のちにフォードを退社した元社員からの告発により明らかになります。その結果、皮肉にもフォード社は多額の損害賠償を支払うことになりました。
問題の本質はどこか?
フォード・ピント事件の問題は、上述した通り人の命と利益を天秤にかけた非倫理的なコスト計算にあります。では、なぜフォード社のエンジニアは、このコスト計算を許容してしまったのでしょうか。このテーマに関しては様々な見方がありますが、私が考える本質的な問題は2つあります。
具体的で高すぎる目標設定
一つ目の問題は、ピントの開発目標が明確かつあまりにも困難だったことです。
フォード・ピントの開発では、「重量900キロ以下、価格2000ドル以下」という明確かつ困難な目標が大々的に掲げられていました。明確かつ困難な目標設定は、上手くすれば社員の士気を高めたり、イノベーションを生み出す要因となります。結果、ピントの開発目標は達成され、いままでになく低価格かつコンパクトな車を短期で市場導入することに成功しました。
しかし、最大の問題は"明確かつ困難な目標が、明記されなかった別の重要な特性を犠牲にして達成された"ということです。
つまり、安全は目標に掲げていなかったので無視されたということです。明確に数値で示された目標があると、数字で表せないことは無視されやすくなります。掲げた目標が困難であれば尚更です。フォード・ピントの開発では、コストと重量が明確なファクターでした。そして、安全(11ドルの設計改修)は“コストと重量“というたった2つの数字に変換して評価されました。その結果、目標と相反するという理由で無視されてしまったのです。これが明確かつ困難な目標が与えた弊害といえるでしょう。
目標に対する強いプレッシャー
既にアメリカ市場を輸入車に席巻されつつあったフォードは、完全に後発でした。後発である限り、スペックで優っていなければ全く勝ち目がないのは自明の理です。ピントの開発目標は、困難ながらもマストであり、社長であったリー・アイアコッカ氏も進捗を厳しく管理し、目標を厳格に守らせました。
スペックが劣っていたら、ピントを開発する意味そのものがなくなってしまいます。掲げられた数値目標の達成は、絶対条件だったのです。加えて、常軌を逸した超短期開発が行われたため、数値目標以外のファクターが無視されやすい環境がフォード社内に出来上がっていったのでしょう。
あなたならどうする?
技術者は様々な方面からのプレッシャーや問題が降りかかってきます。あなたがフォードの技術者であった場合、どのような判断をしましたか?特に正解はありませんが、自分の立場に置き換えて、この問題を考えてみましょう。
・あなたが今取り組んでいるプロジェクトの目標は何ですか?
・安全を評価する明確な指標はありますか?
・安全とコストを天秤にかけた場合、どのような指標で判断をしますか?
そして、あなたが判断に使った指標や論理は技術者としての倫理に照らし合わせて、問題ないものでしょうか。今一度、自分に問いかけてみましょう。
まとめ
本記事の内容を復習しましょう。
・フォード・ピントはガソリンタンクの配置に欠陥があった
・1台当たり11ドルのコストを掛ければ改修は可能だった
・設計改修費と受益を比較する非倫理的なコスト計算を行った
・高い目標と強いプレッシャーにより、安全が無視された
・具体的かつ高い目標の前では“数字で表せないこと“は無視されやすい
人の命をコストとして見積もるなど言語道断ですが、高すぎる目標設定はそんな当たり前の倫理すら曇らせてしまうのです。これは私の想像ですが、フォードの技術者は"悪いことをしている"という自覚は全くなかったんじゃないでしょうか。掲げられた目標達成のために、できる限るのことを技術者として愚直に突き詰めた結果がフォード・ピント事件を引き起こしたのだと思います。
どんな仕事をしていても必ずついて回るのが"コスト"です。コストは会社の利益に直結するため、必然的に要求やプレッシャーが強くなります。そんな中でも、会社が掲げる目標だけに囚われず、技術者ならば倫理的な判断を行う義務があります。倫理の問題に正解はありません。ただ、明確な間違いはあります。そして、過去の技術者が犯した過ちならたくさん資料があります。そういったものを勉強して、自分の技術者としての倫理観を育てる努力も技術者の責務と言えるでしょう。
技術の勉強だけでなく、倫理の勉強も是非してみてください。下記におすすめの書籍を貼っておきます。本記事も下記の書籍の内容を参考に記載していますので、興味があればぜひ読んでみて下さいね。
失敗事例シリーズの記事は過去にも色々と書いていますし、本ブログの人気シリーズでもあります。お時間あれば、他の記事も是非ご一読ください!
注意
実はフォード・ピント事件には様々な説があります。本記事では、“はじめての工学倫理“に記載のある事例をもとに紹介をしました。(技術者倫理的な内容の訴求をしたかったため)
実際のところ、フォードが行っていた非倫理的なコスト計算(ピント・メモ)はフィクションなのではないかという話があり、そちらの方が有力です。そのあたりの話は下記の論文が記載してありますので、参考にしてください。