機械設計 設計失敗学

設計失敗事例~六本木ヒルズ回転ドア事故~

失敗から学べることは多くあります。例えそれが自分の失敗でなくても、失敗を考察することで教訓を得ることができます。そこで今回は有名な失敗事例を紹介し、その失敗を考察していきたいと思います。

ドイツの政治家オットー・ビスマルク氏は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というの言葉を残しています。それほど過去の失敗というものは財産なんです。本記事で、過去の歴史的な失敗事例から教訓を学び、あなたの設計ノウハウとして活かしましょう!!

今回紹介する失敗事例は
六本木ヒルズ回転ドア事故です。

これは幼い命が失われてしまった凄惨な事故です。このような死亡事故が起こった経緯や原因を辿ると、そこには設計や製造の失敗が必ずあります。人を死なそうと思って技術の仕事をしている人などいないでしょう。それでも事故は起こってしまうのです。大切なのは

なぜ事故が起きたか?
どうすれば防止できたのか?


を考察し、一人一人が自分の業務に落とし込むことだと思います。もしあなたが事故を起こした機械の技術担当者だったら、あなたはいったいどういう行動をするべきだったか・・・そういった視点でも読んでいただければ幸いです。

六本木ヒルズ回転ドア事故とは?

今から18年前の2004年3月26日にその事故は起こりました。東京の観光名所である大型複合施設「六本木ヒルズ」内の森タワー2階の正面入り口。ここには非常に大きな回転ドアが設置されていました。被害者はわずか6歳の男児。単身赴任中の父親に会うために母親と二人で上京し、観光のために森タワーに訪れていました。この親子が森タワーの回転ドアを通り抜けようとした際、回転ドアの物珍しさに興奮した男児が母親の手を振り切り、小走りで回転ドア内に入ろうとしました。この際、あろうことか駆け込み防止フェンスをすり抜けてしまい、さらには挟まれ防止のセンサにも感知されず、男児は回転ドアのガラスとドア枠に頭を挟まれてしまいました。

画像引用:asahi.com,wikipedia,畑村洋太郎のすすめ

母親と近くにいた人たちが、慌てて回転ドアを停止させ男児を救い出し、病院に搬送されました。しかし、約2時間後に死亡を確認。一説には、回転ドアから救助した時点で既に即死状態だったという話もあります。

事故当時、私は中学生でしたが当時はかなり大きなニュースになったのを覚えています。私は今は2人の息子(1歳、3歳)を持つ親なので、改めてこの事故を見ると本当に悲しい気持ちになります。

事故の原因は何か?

事故の原因を順を追ってみていきましょう。

なぜ駆け込み防止フェンスは機能しなかったのか?

森タワーの回転ドアには、挟まれ事故を防止するために駆け込み防止フェンスが設置されていました。しかし、これは非常に簡易的なものであり、挟まれる可能性が高い場所にベルトパーテーションが置いてあるだけでした。ベルトパーテーションとは、人の行列の仕切りによく使うアレです。誰もが一度は見たことがあるでしょう。大人に対する警告にはなるかもしれませんが、当然、子供では簡単にくぐれてしまいます。物理的なガードには成りえません。つまり、そもそも駆け込み防止フェンスなどは有って無いようなものだったと言えるでしょう。

画像引用:モノタロウ

なぜ挟まれ防止センサは機能しなかったのか?

回転ドアには挟まれ防止センサが付いています。センサで人を検知して、挟まれる前に回転を止める仕組みです。この事故では、それらが全く機能しなかった訳ですが、それは何故でしょうか。順を追ってみていきましょう。まず、回転ドアのセンサの配置は下記のようになっています。

天井側と足元側に非接触センサが設置されています。一見するとこれなら問題なく男児の侵入を検出できそうですが・・・実はここで一つ大きなミスがありました。森ビルの回転ドアは、2003年のオープン以来、センサの誤検知で停止してしまう不具合が多発していました。回転ドアの導入初期は天井からのセンサは地面から80cmを検出距離としていましたが、誤検知防止のためこれを120cmにまで引き上げてしまっていました。

この事故で死亡した男児の身長は117cmであり、この時点で男児の検知が出来なくなっていたのです。足元のセンサもありましたが、事故当時は男児が駆け込んだことによって、センサを避ける形で飛び越えてしまい、このセンサも反応しませんでした。センサの設定と配置に致命的な問題があったと言えるでしょう。これだけ聞けば、センサの不具合こそが事故の原因に思えますが、実はこの事故の根本的な原因はもっと他にあったのです。

なぜ挟まれにより死亡事故が起きてしまったのか?

根本的な話として、この回転ドアが挟まれたとしてもケガをしないような推力で動いていれば問題ありませんよね。軽いものがゆっくり回っていたのであれば、例え挟まれたとしてもケガをしないのは感覚的にわかるでしょう。しかし、この回転ドアは大型でかつ回転部が重すぎるという問題を抱えていました。回転部のドア自体の重さはおおよそ2.7トンであり、それが3.2[回転/分]の速度で回転します。

回転ドアの直径は約4800mmであり、回転ドア端の周速はおよそ0.8[m/s]です。この回転ドアの設計の流用元となったオランダのブーンイダム社の回転ドアは回転部の重量が1トン以下であり、森タワーの回転ドアはその3倍近い重量となっています。ビルに対する風圧への耐力強化、見栄えの追及によりオリジナルよりもかなり大型化してしまいました。そして極めつけはこの変更に対するリスク検証がなされていなかったのです。(参考として簡易的に計算しましたが、仮にこの回転ドアが慣性だけて回っていると仮定しても、挟まれた瞬間の力は1トンを超えます。)

この回転ドアではドアが重すぎるため、センサが感知してからドアの動作が止まる前の制動距離は25cmもあります。この挟まれ事故では、センサは機能しなかった訳ですが、もしセンサが正しく機能していたとしても、この事故を防ぐことはできなかったのではないか、という見解もあります。

なぜリスク検証がされなかったのか?

リスク検証がなされなかった背景としては、管理側の安全意識の欠如が挙げられます。森タワーの回転ドアでは、2003年のオープンから32件の挟まれ事故が起きていました。その中の7件は子供が体を挟まれる等、死亡事故に類似するパターンのものでした。しかし、ビルの管理側は上記で説明したような簡易的な防止フェンスを設置する程度の対策しか取りませんでした。回転ドアの製造元である三和シャッター工業にも問題はありました。事故後の調査で、三和シャッター工業側は

「森タワー側に危険回避のため、ドアの回転速度を2.8回転/分にしたいと申し入れたが、聞き入れられなかった」
「事故情報について、森タワー側から連絡を受けたのは3件のみ」


など発言し、製造側と管理側で全く意思疎通が図れていないことが浮き彫りになりました。朝日新聞は両者の姿勢に対して「双方の主張に、事故情報を共有して対策を練る姿勢が感じられない」と厳しく指摘したほどです。このような環境も、凄惨な事故を引き起こしてしまった原因の一つと言えるでしょう。

事故の教訓から学ぶ

この事故の背景には、技術面だけでなく運用面や安全に対する意識の欠如など様々な要因があります。このような重大事故とは、往々にして針の穴を通すような偶然が重なって引き起こるものなのです。では、技術者が本事故から学ぶべき教訓とはなんなのでしょうか。私が考える教訓は3つです。

本質安全設計の重要性

本質安全設計とは

ガード又は保護装置を使用しないで、機械の設計又は運転特性を変更することにより、危険源を取り除くか又は危険源に関連するリスクを低減する保護方策。

という方策のことです。少し小難し定義ですが、簡単に言えば可能な限り、危険源を無くす設計と言えます。危険源をカバーして隠すのではなく、「そもそも危険源が無ければ本質的に安全だよね」という考えに基づいた方策です。

今回の事故で言えば、挟まれても怪我しない推力で回転ドアが回転していれば、そもそも問題なかったわけです。とはいっても、本質安全設計にも問題はあります。

危険源を取り除こうとすると、設備本来の機能までもが損なわれてしまうことがある。

ということです。つまり、回転ドアの速度を落とすと、ドア(出入口)として機能を果たせなくなるということです。特に六本木ヒルズなどは観光名所ですから、人の出入りは非常に激しいです。なるべく効率的に運用したいというのは管理者側として当然の意見でしょう。

ならば本質安全設計に基づく設計的なアプローチとしては、軽量化や設備の縮小化を行い、ドアの動作エネルギを制限することで、危険源をできるだけ除去する対策を行うべきでした。(ドアを小さくすれば、当然人の出入り効率は落ちるわけですので、その辺りは管理者側の求める仕様の打合せが必要ですが)

設計者によって講じられる保護方策に、3ステップメソッドというものがあります。

これは設計段階においてリスクを低減させるための手法であり、

Step1.本質的安全保護方策
ガードや保護具を使用せずに、機械の構造や仕様を変更して危険源そのものを取り除く方策。危険源の除去に注力するステップである。

Step2.安全防護および追加安全保護方策
ガードや保護具を使用して、STEP1で除去/低減しきれなかったリスクに対しての対策を行うステップである。固定ガードによる安全防護、ドアスイッチやライトカーテンによる停止措置、非常停止スイッチ配置などの追加保護などがある。

Step3.使用上の情報
Step1,2で除去/低減しきれなかったリスクに対して講ずる最終手段。信号、マーク、取扱説明書などで残留リスクを公開する。

の3ステップから成ります。実施の優先順位が決まっており、1→2→3の手順に従って対策を取る必要があります。しかし、森タワーの回転ドアは、本質安全設計的なアプローチ(Step1)が全く無く、単に制御仕様によるセンサを用いたガード、保護具(Step2)のみで安全を確保しようとしています。3ステップメソッドの基づき、まず危険源を除去するという本質安全設計の考え方で設計を進めなければ安全を確保することは難しいのです。

ステークホルダーとの意思疎通の重要性

製造会社である三和シャッター工業と森タワー側の意思疎通や情報共有が全くなされていないというもの大きな問題です。実は安全対策としてユーザーの入力というのも重要な要素となっています。下記に安全保護方策のためのフローを示します。

画像引用:EM TECHNOLOGY

ユーザーからのフィードバックをどのように行うのか、技術者側が意識して考えなければなりません。「ユーザーから報告がなかったから・・・」ではなく、メーカー側には安全に対するフィードバックをユーザから収集する責任があるのです。一般的には、ヒアリングやアンケート調査などが行われています。昨今であれば、IoT技術を活用したアラームの情報収集などでも代用できるかもしませんね。とにかく、このフローを忘れてはなりません。三和シャッター工業にはこの意識が抜け漏れていたと言えるでしょう。

設計意図の伝達と理解

森タワーの回転ドアは、オランダのブーンイダム社の回転ドアをオリジナルとし、それを変更する形で設計されていました。オリジナルの設計意図が伝達されておらず、自分たちの都合に合うように設計した結果、オリジナルの約3倍の重量となる回転ドアが出来上がってしまいました。

私が昔、上司に言われた言葉で

「不具合は変化点からしか生まれない」

というものがあります。流用設計において、変化点に対する検証は極めて重要あり、それと同じくらい元設計の設計意図を理解することも重要です。流用する際は、設計意図を確認する。変化点に対するデザインレビューを行う。といった対策が必要でしょう。

更には、設計意図が分かるようなドキュメントを残すことも大切です。各々が自分のやり方で残しても正しく伝わりません。会社全体で体系的なルールを策定する必要があるでしょう。当然、ルールができるのを待っているだけでは駄目ですね。無いのであれば、あなたが作りましょう。

三和シャッターの対応策

この事故を受けて、大型の回転ドアはことごとく姿を消しました。しかし、この事故を受けて三和シャッター工業側も大型回転ドアの設計変更を行い、変更点を公開しています。どのような変更がなさられたのか、下記に示します。

画像引用:三和タジマ株式会社

ここでは詳細な説明は省きますが、自分ならどのような設計変更をするかを考えた上で、三和シャッター工業側の対応策を除いてみると良いでしょう。様々な意見があると思いますが、良くも悪くも勉強になるはずです。

まとめ

本記事の内容を復習しましょう。

・回転ドアの挟まれの際、センサは男児を検知できていなかった
・センサが働いていても、制動距離が長いため事故は防げなかった
・製造側と管理側で意思疎通、情報共有がなされていなかった
・制御やガードに頼り、本質的な安全が確保できていない設計だった
・オリジナルの設計意図を理解せずに変更を行った

幼い子供が巻き込まれる事故は、胸が痛みます。それが技術の話であれば、尚更です。

育児をしていて思うのは、子供は本当に制御不能です。親として、目を離さずに見ているつもりですが、ひょんなことから飛び出したり、駆け出したり・・・全く予測が付きません。元気に育ってくれるのは嬉しいですし、そうやって暴れるのが子供の仕事だと思っています。それ故に、子供が触れる機械はどんなことにでも許容できるように、本質的に安全であるべきなんですね。

失敗事例の記事を書く度に思い出す、非常に考えさせられる言葉があります。

工学は今でこそ知識が体系化されているように見える。しかし実際は、事故が生じるたびにエンジニアが応急対応した知識が経験的に蓄積された結果、網羅的な構造が出来上がったに過ぎない。

中尾政之「事故調査と責任追及--失敗学の視点から」『ジュリスト』1245号

いつの時代も大事故が起きないと本格的な対策はとられないものです。命に重い軽いがあるとは思いませんが、いくら技術的な教訓になろうとも子供の命は尊すぎます。我々技術者は、事故を未然に防ぐように心血を注がなければならないのです。であるならば、既に起きてしまった事例から最大限の教訓を学ぶべきだと思います。

技術の世界は日進月歩で日々、新しい技術が生まれます。そんな華やかな世界の裏では、様々な危険が今か今かと手招いているのです。技術の仕事は、常に危険が隣り合わせであるという自覚を持ち続けることが大切です。そして最も大切なのはここで考えたことを、如何に自分の未来の業務に落とし込めるかだと思います。お時間あれば、この事故を受けてあなたならどうするか・・・・是非とも考えて見てください。

●参考書籍

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●参考にしたサイト

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このような重大事故は、事前に組み込んだ対策が一つでも機能していれば防げたはずなのに、その全てが機能しなかったことで起こります。まるで狙ったかのように積み重なる負の連鎖。世界で起こったそういった重大事故の事例を学べる書籍です。洋書の翻訳なので、表現に一癖ありますがよい本なのでぜひ読んでみてください。

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