設計失敗学〜火星探査機の消失事故〜

機械設計

失敗から学べることは多くあります。例えそれが自分の失敗でなくても、失敗を考察することで教訓を得ることができます。そこで今回は有名な失敗事例を紹介し、その失敗を考察していきたいと思います。

ドイツの政治家オットー・ビスマルク氏は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というの言葉を残しています。それほどの過去の失敗というものは財産なんです。本記事で、過去の歴史的な失敗事例から教訓を学び、あなたの設計ノウハウとして活かしましょう!!

今回紹介する失敗事例は
火星探査機マーズ・クライメイト・オービターの消失事故です。

設計の失敗事例とは少し違うヒューマンエラー的な話なのですが、きっと学びがあるはずです。それではさっそくいきましょう!!

火星探査機の消失事故とは

マーズ・クライメイト・オービター(Mars Climate Orbiter)は、火星の気象や気候、大気中の水と酸素の量をなどを観測するために作られた火星探査機です。今から20年以上前、1999年にアメリカのロッキード社によって製作され、NASAによって火星に向けて打ち上げられました。

その頃、NASAは火星探査に力を入れており、Mars Surveyor Programというミッションを掲げ、既に十数台の探査機を火星に送り込んでいました。幾多の成功で勢いづいたNASAは、更なる火星探査を目指して、1998年から1999年にかけてMars Surveyor 98 Since というミッションを新たにスタートします。火星の気候、大気の状態、水の有無など、踏み込んだ調査を行うことを前提としたこのミッションは、多くの期待を集めていました。そして当時の最新技術を駆使した火星探査機を2台製作し、打ち上げが行われました。そのうちの1台が消失事故を起こすことになるマーズ・クライメイト・オービターです。

打ち上げは無事に成功し、火星周辺に到着したマーズ・クライメイト・オービターは、火星上空の140~150kmの軌道に入る予定でした。にも関わらず、なぜか想定よりも低い高度57kmの軌道に乗ってしまいます。高度が下がる際に、大気との摩擦を受けて発熱を起こし、搭載していた機材に深刻なダメージを受けてしまいました。その結果、完全に通信不能の陥ってしまったのです。その後の通信復旧を期待するものの、その期待も虚しくマーズ・クライメイト・オービターが再び姿を表すことはありませんでした。広大な宇宙で迷子となり、今この瞬間もどこかを漂っていることでしょう。 

なぜ想定よりも低い高度の軌道に乗ってしまったのか・・・ 

この原因を調査したところ、驚愕の事実が判明します。なんと、原因は単位の取り間違えだったのです。火星探査機のコントロールは、火星探査機からの情報を元に位置を特定する”追跡班”と、追跡班からの情報を受けてエンジン推力を計算する”計算班”に分かれて行われていました。計算班は推力計算をヤードポンド法で行い、数値を報告しており、情報を受け取る追跡班はそれをメートル法の値だと勘違いして受け取っていたのです。 

この単位の取り違いから生じた誤差により、導入予定だった火星上空の軌道に100km近い誤差が発生し、結果としてマーズ・クライメイト・オービターは消失してしまいました。しかも、周回軌道突入時に探査機から軌道が低すぎるという危険信号が上がっていたにも関わらず、追跡班は「まあ、大丈夫でしょ」と判断し、自分たちの過ちにも気がつきませんでした。結果、数十億の損害を被ったわけです。 

宇宙・航空機業界はものづくり産業の中でもハイテク中のハイテク。そんなエリート技術者達が、こんな単純な単位の取り間違えでこれほど大きな事故を起こしてしまうとは・・・・とんだ笑い話ですよね。と思っているそこのあなた!! 

明日は我が身ですよ!! 

単純なミスとは、言い換えればどの分野でも、誰でも起こりうるミスです。このマーズ・クライメイト・オービターの失敗から教訓を学びましょう。 

教訓を学ぼう 

このマーズ・クライメイト・オービターの消失事故から学べる教訓はたった一つ。 

単位には注意せよ!!

ということです。非常にシンプルなミスだからこそ、対策も難しいです。人が起こすミスなのでダブルチェックやクロスチェックなど確認方法を工夫することで、ミスを発見する確率を上げることは可能しょう。 しかし本記事では、具体的な対策ではなく設計者として何を意識すべきかを考えていきたいと思います。私が、設計者が単位を間違わないために必要だと思うことは

計算の肌感覚を身に着ける

ということです。ここでいう肌感覚とは、計算を行う前に「だいたいこれくらいの数字になるだろうな」と予想できる力のことです。ベテラン設計者になればなるほど、計算する前の段階でおおよその計算結果の予想がついています。その予想が正しいか確認するために計算を行っているという具合ですね。 

なので、ベテラン設計者ともなれば計算で単位を間違えた時は「なんか計算結果がおかしいな」と持ち前の肌感覚でミスに気が付くことができます。計算結果の値に対して疑問を持つことができるんです。この肌感覚こそ設計力の一つだと思います。 

そして、この肌感覚をつかむために必要なことは、設計計算で使う式を意味として理解することです。公式を公式のまま利用するのではなく、その公式が持つ物理的な意味合いを正しく理解した上で設計計算を行うことが何よりも大切です。それこそ公式に値を代入するだけなら、小学生でもできることですからね。 設計計算は、算数の問題を解くのとは訳が違います。しかし、これが出来ていない設計者がとても多いのも事実です。 

さて、そこのあなた・・・誰が作ったかもわからない“秘伝の計算エクセル”に数字をぶち込むことが設計計算だと思っていませんか? 中でどんな計算が行われているかもわからずに出てきた数字を鵜呑みにしていませんか? 

それは設計計算ではありません、ただ思考停止で数字を入力しただけです。そんなことを繰り返していては計算の肌感覚は身に付かず、数字を数字としてしかとらえることができないでしょう。 

マーズ・クライメイト・オービターの消失事故も本質的な問題は”そこ”にあると思います。追跡班がエンジン出力に対する肌感覚を持っていれば、「なんか値が小さいな、これ単位違うのか?」といった疑問を持てたはずです。計算班に情報を提供して出てきた数字を数字としてをそのまま受け取ってしまった。計算班が行っている計算内容を理解せずにブラックボックスとして使用した。これが、この事故の本質的な原因だと思います。設計者が秘伝の計算エクセルで設計計算を行うことと構造的には同じなんですよね。 

計算の肌感覚を身につけるために 

計算の肌感覚を身につけるために必要なことは、式を意味として理解して設計計算をすることです。私はそのために、紙を使って手計算をすることをオススメしています。 

私の新入社員の時、計算の肌感覚を身につけるためにエクセルを使わず紙とペンを使ってひたすら手計算で設計計算を行なっていました。これは入社当初に課せられた上司からの指示でもありました。 

最近は計算ができる設計者が少ない 
しかし、設計者は計算ができなければならない 
だからこそ、まずは手計算で肌感覚を身につけてくれ 


計算書は数十枚にもなりましたが、一通りの設計計算を紙とペンだけでやりきりました。時間的に余裕があったこともあり、この式の出所はどこなんだろう、どういう流れで導かれた公式なんだろう?と結構深くまで突っ込んで見ていくことができました。この経験によって計算の肌感覚をかなり深く掴むことが出来たと思っています。

それ以降、新しい分野の設計計算を行うときは、必ず紙で計算するようにしています。同じ計算を繰り返す場合は、エクセルを使って自動化しますが、人が作った計算エクセルをそのまま信用することはありません。必ず自分で作ったものを使っています。ネット上にも便利な設計ツールはいっぱい落ちていますが、基本的にはそういうものは使わないようにしています。

手計算で式の意味と向き合う 

アナログな方法ですが、これが計算の肌感覚を身に着けるために最も有効だと思います。もちろん忙しい業務の中で、毎回手計算なんてやってられません。ただ、やったことのない計算であれば式の出所や意味はしっかり追うべきです。それができるかどうかで将来的に大きな差になると思っています。

特に新人やこれから設計者を目指すという方には意識してほしいですね。 

私の失敗事例 

偉そうに講釈を垂れましたが、かくいう私も実際に単位の取り違いで失敗しています。 その失敗事例を紹介します。

サーボモータの選定を行った際に、仕様書にある慣性モーメントの値を取り違えてしまったことがあります。慣性モーメントとは、モノの回転しにくさを表す物性ですが、その単位にはSI単位系の慣性モーメントJ(イナーシャ)と重力単位系のGD2(ジーディースクエア)があります。単位的にはすごく似ているんですが、値は4倍違います。 

当時、GD2なんて単位は知らなかったので、この値を慣性モーメントJと取り違えてしまったわけです。結果として、スペック過剰の大きなサーボモータを選定してしまいました。なんたって4倍も値が違うわけですからね。 

私の設計の途中経過を見た上司が

「なんかサーボモータでかくね?」

と指摘し、計算を見直したところ慣性モーメントの単位の取り違いのミスが発覚しました。この上司の指摘の「なんかサーボモータでかくね?」こそまさに計算の肌感覚ですね。だいたいこの機構ならこの容量のサーボモータだろうなということを、計算をせずに感覚で捉えていたわけです。

まさに計算の肌感覚が単位のミスを防いだ瞬間でした。 

まとめ 

本記事の内容を復習しましょう。

・火星探査機は”単位の間違い”で消失した
・単位の間違いに気が付くためには、計算の肌感覚が重要
・肌感覚を養うためには、紙を使った手計算がオススメ
・式を意味として理解しよう


単位の取り違いは典型的なヒューマンエラーです。人は必ずミスをする生き物ですので、単位のミスは絶対に起きます。そして単位の間違いは、基本的には桁レベルで値が変わります。それゆえにミスが流出した場合の被害は甚大です。それは、マーズ・クライメイト・オービターの消失の事例からも痛いほどよくわかりますよね。

もちろんミスを起こさない仕組み作りも重要です。ただ、何度も言いますがミスに気が付くことができる“計算の肌感覚”こそ最も重要だと思います。

「俺は何度も確認しているし、単位ミスはしないよ。」

もしそう思っているなら、それが一番ヤバいですよ。ハッキリ言いましょう、あなたは単位を間違えます。あなたは単位を間違えるために生まれてきた、そう言っても過言ではありません。それくらい単位とは誰もが間違えるものだと思って疑っておかなければなりません。

絶対に間違えるのであれば、間違えない対策よりも間違えに気が付く力を磨いた方が合理的です。”計算の肌感覚”とは、少しフワッとした曖昧な能力ではありますが、その能力は確かに存在して、しっかりとミスの防止対策として機能しているのです。だからこそ、あなたの会社にある“秘伝のエクセル“は一度捨てて、あなたのその手で計算を進めてみてください。きっと見えてくるものがあるはずですよ! 

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