機械設計 コラム

大企業の機械設計者が抱える“闇“

従業員数千人、数万人規模の大手機械メーカーの設計者!!

皆さんは、この肩書きを聞いてどう思いますか? さぞ優秀で、技術レベルの高い設計者なんだろうな、という印象を持つと思います。 しかし、そこには大きな誤解があります。 将来、機械設計職に就きたいと思っている学生には特に聞いて欲しい“現実の話“をしましょう。

大手機械メーカに行けば、必ずレベルの高い設計業務ができるのか? 

この問いの答えは”NO”です。むしろ、実際はそうでない場合が多いのです。 かくいう私も従業員数千人規模の大手メーカで設計職に従事しています。 別に自分の勤める会社のことを言っている訳でもなく、特定の企業の話をしている訳でもありません。ましてや、大企業が悪いという話でもありません。これはあくまでも傾向の話です。ですが、大手であればあるほど必ずその傾向が強くなります。誤解を恐れず結論から言いましょう。大手機械メーカーでは 

設計者は"設計"をしません

というより「設計をさせてもらえない」というのが正しい表現かもしれません。それは一体どういうことなのか・・・順を追ってわかりやすく説明してきます。 

大企業では設計者は“設計”をしない!?


設計者が設計をしない・・・

これほど矛盾した言葉もありませんね。 設計者が設計をしないというなら、大手メーカーの設計者は一体何をやっているのでしょうか。 大手機械メーカーの設計者の主な仕事は“設計の仕事を投げる“ことです。 

ん?どういうこと? 

と思いますよね。 大手メーカーでは実際に手を動かして設計の実業務をこなしているのは、正社員ではなく請負設計者、つまりはアウトソーシングから出向してきている派遣設計者です。 正社員設計者は、その派遣設計者に“どういう設計をして欲しいか”という設計指示を出すことが主な仕事になります。 派遣設計者から上がってきた成果物を確認して、問題がなければ自分のアウトプットとして提出するわけです。 


これが大手機械メーカーで行われる一般的な設計の流れです。ですが、そもそも設計のことを知らなければ指示が出せないですよね。 なので新人のうちは、自分で手を動かして設計を学びます。 そして、一定のレベルまで達すると、担当の派遣設計者を付けてもらい、自分の設計業務を委託することになります。 

えー!?なにその仕事ー、あんまりだー!!

そう思うのも無理はありません。誤解しないで欲しいのは、実はこれ自体は全く悪いことでない。ということです。 むしろ、この働き方は組織として効率を求めた結果なのです。 

大企業の設計者の働き方

大企業を大企業たらしめているのは、なんでしょうか。それは、従業員の数です。 豊富な人的リソースを持っている、それが大企業の強みです。 大企業では効率化のために組織は細分化され、仕事はより専門的に細かく刻まれます。そうしたほうが熟練も早く、一つ一つの仕事の品質や品位が上がるからです。

料理で例えるなら、一人の料理人が切る・炒める・盛り付けるなどの調理をするのではなく、それぞれの工程を細かく分けて“その作業だけをやる人“を育てるということです。こうすることで品質を保ったまま、作れる料理の量も増やせます。料理人は、各担当者に調理方法の指示を出したり、出来上がった料理の確認を確認を行うわけです。

設計業務も上述の料理の例えのような、細分化・分業化が進んでいます。その結果、先ほど言った“派遣設計者に仕事を投げる”という仕事方法に繋がるわけです。

一口に機械設計の仕事といっても、業務内容は様々です。 構想計画、構造計算、詳細設計、作図、3Dモデル作成等・・多岐に渡ります。中小企業の設計者の場合、慢性的な人手不足のため一人の設計者がこれらの工程を全てこなします。

一方、大手企業の場合は、様々な設計業務の中から付加価値の低い仕事を正社員設計者から切り離します。例えば3Dモデル作成はCADさえ使えれば誰でもできる作業です。作図も重要な箇所の公差さえ決めれば、他の寸法を引く作業自体は付加価値が低い作業です。

このような付加価値の低い仕事は、全て派遣設計者に任せて、正社員設計者が付加価値の高い仕事だけに集中できるように、仕組みづくりがされています。設計における付加価値の高い仕事とは、上流工程である構想計画や構造計算などのことを指します。ものを形作るための”創造的な思考”と"専門的な知識"が深く求められる部分の仕事ですね。これは極めて効率的な働き方なんです。
 

なるほど、やっぱり大手は凄いじゃないか!!

そう、これだけ聞けば!!しかーし、はやとちりするのはまだ早いのです。これはあくまでも理想的な組織の話です。ここからがタイトルで“闇“と呼称した“現実の話“になります。結局のところ、付加価値の低い設計業務から解放された設計者は、付加価値の高い仕事に集中することができているのか。 大切なのはその部分ですよね。そしてその問いの対する答えは、Noなのです。 

大企業の設計者の実際

こんな素晴らしい仕組みがあるにも関わらず、なぜ付加価値の高い仕事だけに集中できていないのか。理由は3つあります。

のしかかる会社のルール 

組織が大きくなればなるほど、社内の規定やルールもたくさんあります。これは組織を運用する上では仕方ないことです。派遣設計者に仕事を投げた後は、出図に必要な書類集め、判子集めや現場への根回しが待っています。“会社のルールに従って仕事を進めるための準備という残念な仕事が圧倒的物量で待ち構えています。その会社でしか通用しない、付加価値ゼロの仕事です。 この仕事が、正社員設計者から設計のために時間を奪っていきます。

派遣設計者の数 

入社して経験を積めば、社員設計者1人に対して2人、または3人の派遣設計者が付くことになります。こうなったら、派遣設計者の手が開かないように設計業務を振ることだけでがもはや手一杯です。指示を出し、出てきた成果物を確認するという仕事だけで一日が終わります。如何に途切れず、効率的に設計の仕事を出し続けることができるか。それだけが正社員設計者の仕事であり、価値となります。


派遣設計者の方がレベルが高い 

一緒に働く仲間のレベルが高いのはいいことじゃないか!と思うかもしれません。実際、その通りなのですが、設計がしたくて大企業に入った人にとってはこれは由々しき問題なのです。付加価値の低い仕事を派遣設計者に・・・と書きましたが、結局のところ派遣設計者の方が"設計者としてのレベル"が高い場合が多いです。

普通に考えれば、設計実務をこなしている人の方がレベルが高いのは当たり前ですけどね。正社員設計者は、皮肉にも設計以外の仕事で忙しいので、難しい設計課題も派遣設計者にほぼ丸投げするケースが多いです。

そして、投げられた仕事をガツガツとこなした派遣設計者は“設計スキル”がどんどん上がっていきます。派遣設計者の設計スキルが上がれば、細かい指示をせずとも仕事を丸投げできるようになるので、正社員設計者の仕事丸投げは加速し、正社員設計者の“設計スキル”はどんどん下がっていく訳です。

まさに負のスパイラルです。結局のところ、正社員設計者の仕事は設計者と言いながらも肩書きのない小規模なマネージャーとして仕事なんです。CADを触る時間より会議資料を作る時間の方が長いし、設計計算よりも派遣設計者を使って仕事を効率よく回すための工数計算が圧倒的に多いんです。

大手機械メーカーの利点 

ここまでネガティブな話をしてきましたが、当然ながら大手ならではの良い点もたくさんあります。というか、むしろそちらの方が多いでしょう。私が強く感じている利点を紹介していきます。

収入が高い

当然、大手メーカの方が中小企業に比べて収入が高くなる傾向があります。福利厚生も充実していますし、様々な手当てが付きますので金銭的には有利でしょう。

最新の設備やシステムが使える

3DCAD一つとっても、最新鋭のものが導入されています。パソコンもスペックの高いものが配布されているので、3DCADがサクサク動かないなんてことはありません。中小企業に行った設計者の話を聞くと、CADやパソコンのスペックに関する愚痴が結構多いです。そのように設備には大きな差があります。

また何百万円、何千万円という様々な評価機器が設備されていてるので、かなり専門的な計測や評価にも立ち会えます。場合によっては使わせてもらえることもあるでしょう。こういった機器は、小さい会社ではなかなか導入できないものです。予算も豊富にあるので、新しい機器を導入するハードルも比較的低いですね。

人材が豊富

様々な分野の専門家たちが社内にいるので、わからないことがあっても大体誰か知ってますし、かなりレベルの高い内容を教えてもらうこともできます。こういった人たちと一緒に仕事ができるというのは、大手ならではの強みだと思います。

サプライヤや商社とのやりとりが楽

サプライヤにとって、大手機械メーカーはかなり大切な“お客様”になる訳です。丁重に扱ってもらえますし、接待なんかもあったりします。レスポンスも早いですし、多少無理を言っても融通が効きます。中小企業に言った設計者の話を聞く限り、結構対応に差があるみたいですよ。

大企業の機械設計者が抱える“闇“とは?

本記事のタイトルにもある「大企業の機械設計者が抱える“闇“」とは一体何なんでしょうか。それは、機械設計者が設計をしないという事実ではなく、ソレによる感じる不安と焦りです。

汎用社員化の"闇"

仕事は死ぬほど忙しいのに、仕事内容がスキルアップに繋がらない。その会社でしか通用しない業務を「如何にミスなく効率的に捌き続けられるか」だけが評価の指標。まるで、ハードモードの無限テトリスしているかのよう。これじゃ技術者ではなくて、会社に合わせて最適化された汎用社員じゃないか。

市場価値の喪失の"闇"

転職したいけど、そもそも技術力がないから転職できない。会社のネームバリューだけで転職できても、実力が伴わないから転職先で苦労している先輩が何人も居る。忙しくて勉強する時間もないし、働けば働くほど、自分の市場価値が削られていく気がする。

仕事→作業化の"闇"

やれと言われた仕事をやっているけど、そもそもこれは何のための仕事なんだろうか。仕事が細分化され過ぎていて、自分のやっている仕事が本当に役に立つのかわからない。そもそもこの仕事は誰の指示・意図なのだろうか。組織が大きすぎて、仕事の全体像が掴めない。でも自分がやっていることはとても小さい。一体、自分は何の役に立っているんだろうか。


これらは私の言葉ではありませんが、同期で集まって話すとき皆がぼんやりと感じていることです。大企業だからと言って、技術力に絶対的な自信を持って働いているではなく、皆それぞれ自分の境遇に不安を抱えているのです。

まとめ 

本記事の内容を復習しましょう。

・大企業の機械設計者は、自分で設計実務をこなさない
・付加価値の低い仕事は派遣設計者に任せる
・実際は、派遣設計者に仕事を丸投げする場合が多い
・派遣設計者の方が、設計者としてのレベルが高い
・正社員設計者は、設計でなくマネジメントの仕事の方が多い


冒頭にも書きましたが、これはあくまでも傾向の話です。必ずしも全ての大手機械メーカーの設計者がそうであるわけではありません。そこだけは勘違いしないようにお願います。ただし、この傾向は必ずあるはずです。

そもそも機械設計者ってなんなんでしょうか?

設計者は医者や弁護士のように、名乗るのに資格が必要なわけでもありません。設計部という部署で働けば設計者なのか、はたまた自称すればその瞬間から設計者なのか。明確な定義はわかりません。仮に会社というレッテルを自分から引っぺがしてみて、そこにいる自分一人の能力を客観的に見たとき、本当に自分は“設計者“と言えるのか。その会社内でしか通用しないスキルに溺れた“使い走りの社員“になってないか。私はこういう自問自答をいつも心掛け、自分の進みたい道を踏み外さないようにしています。

本記事で紹介したような“現状“にやりがいを見出すことができず、転職していく中堅社員がどの企業でも後を経ちません。年数を重ねるほど設計や技術から遠ざかる、という現実が見えてくるからでしょう。“設計者になるのは簡単でも、設計者であり続けるのは難しい“のです。

もしも将来、機械設計職に就きたい学生がいるならやって欲しいことはたった一つです。入社したい会社で働いている設計者に直接話を聞いてみてください。そしてこの質問してください。

「大手企業では、設計者は設計よりもマネジメントの仕事が多いと聞きましたが、実際どうなんですか?」

これはミスマッチを無くすためにとても重要な質問です。あなたがイメージする技術の仕事と実際に行っている仕事内容のイメージが一致しているのか。必ず“実際に働いている人”の話を聞いて判断してください。そして、お節介ついでにもう一つアドバイスするなら、会社の規模に惑わされずに自分がやりたいと思う仕事を選んでください。大きい会社だから偉いわけでも、小さい会社だから劣っているわけでもありません。もはや大企業=安定の時代は終わりました。例えば、創業90年の大手の老舗機械メーカがあったとしましょう。

この企業は創業90年の歴史があるから、これからも絶対大丈夫だ!!

と思いますよね。でもその言葉、そのまま90歳のおじいちゃんに言えますか?

このおじいちゃんは90年生きてきた実績があるから、これからも絶対死なないんだ!!

そんなことは絶対ないのはわかるはずです。やりたい事や成し遂げたいことを明確にして、そのための道を選ぶことが大切です。そして道を選ぶことより、道をどう進むかの方が大切だと思います。少し話はそれましたが、本記事で少しでも就職のミスマッチが無くなれば嬉しいです。

また、機械設計職自体にネガティブなイメージを持たないでくださいね!!設計の魅力はこの記事に記載してありますので、是非合わせて読んでみてください。

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