「日本のものづくりで代表的な業界は?」と聞かれたとき、あなたは何を思い浮かべますか。まず思い浮かぶのは自動車業界ですね。これは日本が世界に誇れる業界の一つです。その他にも日本が世界をリードする業界があるんです。それが工作機械業界です。工作機械業界は一般認知度は低いですが、産業の基盤を支える非常に重要な業界です。この記事では、そんな工作機械業界の基礎や魅力について簡単に紹介していきます。ちなみに私は工作機械業界で働く設計者です。この業界に身をおく者として色々な方にこの業界のことを知ってもらえたらと思っています。
工作機械ってなに?
製造業に携わっていない方は工作機械といわれてもパッとイメージできませんよね。まずは、工作機械とはどのようなものなのか理解するため動画を見てみましょう。
これが工作機械です。工作機械とは、呼んで字のごとく工作を行う機械のことで材料を加工して、製品や部品を作り出していきます。材料は金属に限らず、樹脂や木などの加工も行います。加工方法は削るだけでなく、溶かす、曲げる、など様々ですが一般的には金属を切削加工する機械のことを工作機械と呼びます。本記事で説明する工作機械業界とは、金属を切削加工をする機械の業界のことです。
切削加工について知りたい方は下記の記事を参照ください。

工作機械は、機械を作る機械という意味で“マザーマシン”と呼ばれています。この世に存在する全ての機械は、源流を辿れば、必ずこの工作機械から生み出されています。周りを見渡してパッと目に付くもの全て、例外なく工作機械が携わっているんです。これはすごいことですね!!
例えば、私が周りを見渡して最初に目に付いたもの・・・パッと目に付いたのはペンのフタです。これは射出成型機という機械で作られているわけですが、この成型機の部品は工作機械が作っています。今あなたが着ている服。それは縫製機械により布が作られ、工業用ミシンで形作られているわけですが縫製機械もミシンもその部品は工作機械で作られています。
このように間接的であっても工作機械はあなたの生活に関わっています。そして現代社会において、あなたが工作機械に関わらず生きていくことは不可能です。工作機械はそれほどに私達の生活を支えている重要な機械なんですね。
またその影響の広さのみならず、工作機械はその国の製造業のレベルに深く関係します。それが“工作機械の母性原理”です。工作機械の母性原理とは、工作機械によって生産される部品や製品の精度はそれを作り出す工作機械の精度によって決まるというものです。逆に言えば、生産される部品や製品は、それを作り出す工作機械の精度を超えることができません。
製品の精度は、その国の製造業のレベルそのものといっても過言ではありません。精度のよい工作機械があるかどうかが、その国の製造業にとって重要なことなんです。工作機械を用いれば、大量破壊兵器などの武器の製造ができてしまうことから世界の平和を脅かす可能性がある国には工作機械を輸出することが出来ないという法律もあります。このように工作機械は国レベルでとっても非常に重要な機械なんです。
日本の工作機械のすごさ
工作機械の重要性がわかったところで、次は日本の工作機械のすごさを説明します。日本製の工作機械は技術力で世界をリードする存在です。かつては工作機械と言えば米国が世界的に有名でした。しかし、日本はその米国の技術力を吸収し、独自に発展させることで1982年には工作機械の生産額で米国を追い抜き、世界1位となりました。
その後、26年間、世界1位に君臨し続け、工作機械と言えば日本というイメージを世界に植えつけました。2008年に生産額で中国に追い抜かれたものの、現在もドイツと2位争いを争っています。
画像引用:DIAMOND online 日本の工作機械、一体なにがすごいのか?
生産額のみならず、その技術力や品質、生産性の高さからも日本の工作機械は一目置かれています。例えば、日本は世界初で初めて対話型CNCという装置を開発しました。対話型CNCとは、まるで会話をするように質問に答えていけば加工に関する知識を持っていない素人であってもプログラムが出来るという画期的なNC装置です。これは、当時の高度な知識をもっていなければ工作機械を扱うことができないという常識を打ち砕く画期的な発明で、業界に衝撃を与えました。
また、旋削加工やフライス加工といった本来であれば別々の機械で行う加工を一台の機械でできるようにした複合加工機というものを実用化したのも日本企業が初です。このように現在に至るまで、日本は世界の工作機械業界をリードし続けているのです。
業界の規模
工作機械業界は市場規模としては非常に小さいです。日本の工作機械業界全体の年間の総受注額は大体1兆円前後の規模で、これはトヨタ自動車一社にも満たない業界です。
ちなみに世界全体の工作機械の市場規模は年間約770億ドル(2019年のデータ)で、そのうち日本はシェア約20%で世界2位を誇ります。世界の市場規模でみても他業種と比較すると見劣りすると思います。このように工作機械の製造業に対する役割は大きいですが、市場の小さいニッチな業界でもあります。
工作機械業界の特徴
工作機械業界は売上の浮き沈みが激しい業界でも有名です。景気の影響をダイレクトに、そしてどの業界よりも一番早く受けます。工作機械は消費財ではなく、生産財です。一般のご家庭にどうぞ!!という類のものではありません。業界の売り上げは、企業や工場の設備投資に有無に左右されます。
企業や工場が設備投資を行えば、売上げが上がりますし、買い控えれば冷え込みます。設備投資の判断は、それぞれの企業の経営者が景気の動向や先行きを見極めて行うものです。今後景気が冷え込むと判断すれば、設備投資は行わず、好景気が見込めると判断すれば投資します。工作機械の受注額にはそういった経営者の考えや思惑が如実に現れるため、景気の先行指標ともいわれ、注目されています。
目安としては、月に1000億円の受注があれば好調だと言われています。毎月の受注額は日本工作機械工業会のHPで確認できるので、是非ともチェックしてくてみてください。
画像引用:一般社団法人 日本工作機械工業会HP
つまり実経済によらず、景気が悪くなりそうな雰囲気が漂えば、まず工作機械業界が影響を受けます。そういう浮き沈みに左右される業界なんですね。そのため、昨年はボーナスがいっぱいもらえたとおもったら、今年は半分になってしまった。なんてこともよくあります。忙しい時期と暇な時期の差も激しいです。またヒット商品が生まれたからといって、業界としての市場が拡大するわけではありませんので成熟した市場のなかでパイを取り合う形となります。
国内の主要メーカー
国内の主要メーカを紹介します。
その他、すばらしい機械メーカがたくさんありますが、あまり細かく書いていくと長くなってしまうため本記事ではメーカ名の紹介だけとさせていただきます。またそれぞれのメーカの特徴や立ち位置に関しては、別記事を準備していますのでお待ちください。
技術のトレンド
現在の工作機械業界のトレンドは大きくわけて3つあります。
デザイン
工作機械のデザインは産業機械にありがちな古臭いものでした。鼠色で真四角の箱、まさに産業機械という感じです。しかし近年では、デザインへの関心が高まり各メーカーが機械デザインも重視しています。ただ、おしゃれにしようというわけではなく、人間工学に基づいたデザインでユーザの体の負担を軽減したり、より使いやすくなるように工夫されています。また工場全体の印象や清潔感を演出できるような色合いなども考慮されています。
自動化
人件費の高騰に伴い、少ないオペレータ(工作機械を使う人)でなるべく多くの機械を動かしたいというニーズが高まっています。そのため無人で長時間の生産活動ができる機械が求めまれています。「機械なんて放っておけばずっと自動で動いているんじゃないの?」と思うかもしれませんが、長時間の自動化には色々と課題があります。
・正しく部品が作られているか
・工具は破損していないか
・機内の切り屑の掃除はできているか etc・・・
など、機械を無人で長時間動かすためには実に様々な工夫が必要です。機械単体の性能だけではなく、生産システム全体の能力が求められます。これを提案するのもメーカの勤めです。
IoT
IoTは“モノのインターネット”といって、様々な分野から注目されています。工作機械にもこの考え方が取り入れられています。今までは一台の機械で動いてたものが、ネットワークにつながりシステムとして管理されます。自動化同様に機械単体ではなく、生産システム全体としての機能や能力が求められます。従来の工場の形から離れ、新しいものづくりが始まろうとしています。各メーカがどのようにIoTを活用するのか、そのシステムつくりに躍起になっています。自動化にも言えることですが工作機械メーカーは機械単体を売るのではなく機械を含んだ生産システムを提案して売るという流れになってきています。
工作機械業界で働いている感想
良い点
工作機械は設計難度の高い機械だと言われています。技術者として働くのであれば、様々な機械要素が各所に盛り込まれ、メカ好きにはたまらない機械です。
工作機械メーカは、自社製の機械を使って自社製の機械を作っています。メーカであると同時に自分自身も工作機械のユーザであるのです。自社の製品の性能が上がれば、その製品で作られる次の機械は更によいものになります。このように自社でグルグルとフィードバックを回して、どんどん向上していくのは、この業界ならではの面白さだと思います。
冒頭にも言いましたが、工作機械業界は産業の基盤を支える重要な業界です。縁の下の力持ちとして、自社の機械が世界中で役に立っているんだと思うと、その業界で働いていることに自信と誇りを持つことができます。
悪い点
製造業と関わりの無い人に、工作機械と言ってもほとんど理解してもらえません。家族や友人に自分の仕事を説明しようとしても、伝わらないことがほとんどです。工作機械を説明するのって結構難しいんですよね。工作機械を理解するために、前提として知っておかなければならない知識が多すぎるんですよね。YOUTUBEで加工動画を見せても、「へー、なんかよくわからないけどすごいんだね」といった感じです。冗談っぽく聞こえるかもしれませんが、自分の仕事をうまく理解してもらえないのは結構悲しいものです。そのとなりで、車の開発に携わっていた友人が羨望のまなざしを浴びているとなおさらです。
業界の規模の話でもあったように、そこまで市場の大きな業界ではありませんので、お給料も当然そこまで多くはありません。多少の差はあれど、大体どのメーカも同じくらいですかね。これに関しては、具体的な情報ソースはありませんが、他社の友人に話を聞く限りどこもそんなに変わらない印象です。(工作機械だけでなく、別の事業部を持っているメーカは別)
工作機械は安いものではないので、自分が携わった機械でも買うことはできません(家を買うくらいの覚悟があれば買えないこともないですが)。自動車業界に勤めている友人は、自分が開発に携わった車を買ったりしているので、そういうのは見ていて羨ましいとおもいますね。なので私はTwitterなどで、自分が開発した機械をエゴサーチして情報を収集したりしてます。実際使われて役に立っているのを見つけるととても嬉しいですね。厳しいコメントもありますが、真摯に受け止めて自分の設計にフィードバックしてます。
工作機械業界に興味があったら・・・
百聞は一見に如かず。もし工作機械業界に興味があったら実際に工作機械を見てみるのが一番です。あなたが住んでいる場所にもよりますが、工作機械の実機を見る方法はいくつかあります。
画像引用:日刊工業新聞 、ヤマザキマザック工作機械博物館、MAZAK ARTPLAZA
工作機械見本市に行く
工作機械見本市といって、車で言えばモーターショーのようなものが毎年開催されています。製造業に携わっていない方でも、入場料を払えば入ることができます。(事前申し込みをすれば無料になったりするので、適時公式HPをチェックしてください。)
各メーカの新機種が展示してあり、加工も見ることができます。近年は、機械のみならずアプリケーションやシステムの展示にも力を入れており、各社工夫が垣間見えます。また、就活生向けのイベントや、社会人向けのものづくり講演会も開催されていますので是非ともチェックしてみてください。
JIMTOF(Japan International Machine Tool Fair)
ジムトフと読みます。2年に一度、東京ビックサイトで行われる国内最大の工作機械見本市です。
MECT(Mechatronics Technology Japan)
メカトロテックと呼ばれています。2年に一度、名古屋で行われる工作機械の見本市です。JIMTOFとは同年開催されず、JIMTOFとMECTが毎年交互に開催されています。JIMTOFに比べるとだいぶ規模は小さいです。
工作機械のショールールに行く
ヤマザキマザックが運営するマザック工作機械ギャラリーが愛知県名古屋市にあります。小規模ですが、2台の工作機械が置いてあり、自由に見ることができます。機械の商談用ではなく、一般の方に工作機械を知ってもらおうというコンセプトのもと、解放されていますので気兼ねなく入れます。近くにはヤマザキマザック美術館もありますので、ついでに寄るのもいいかもしれません。
工作機械博物館にいく
岐阜県美濃加茂市に2019年に開館したヤマザキマザック工作機械博物館で工作機械を見ることができます。ここは世界でも珍しい工作機械に特化した博物館で、かなり珍しい工作機械からデゴイチやヘリコプターまで色々と展示してあります。私も開館してからすぐに行きましたが、面白かったです。非常に勉強にもなりました。製造業に携わってなくても楽しめる作りになっていますので、おススメです。
余談ですが、ヤマザキマザックからお金をもらっているんじゃないかというくらいマザック関連施設の紹介になってしまいましたね。ヤマザキマザックは工作機械の認知度を上げて、この業界に入ってくる未来ある若者を増やそう。また、子供たちにものづくりに興味を持ってもらいたいなどという思いから、このような施設を作りPR活動を行っているようです。工作機械業界に勤めるものとしては、ありがたい限りです。
まとめ
本記事のポイントは下記です。
・工作機械は”マザーマシン”と呼ばれてる。
・工作機械の精度を超える部品はできない = ”母性原理”
・日本の工作機械は世界をリードしている。
・業界全体としては規模が小さい。
・受注額は景気の先行指標と言われている。
・業界のトレンドは、デザイン、自動化、IoT
何度も言いますが、工作機械は産業を支える大切な機械です。そして日本を代表する技術でもあります。本記事で、少しでもこの業界に興味を持っていただければ幸いです。
あなたが普段何気なく使っているものも、きっと工作機械が携わっているはずです。そして、その裏には、工作機械業界に関わる色々な人たちの汗と涙が詰まっているのです。ふとした瞬間、そんな縁の下の力持ち達のことを少しでも考えてくれたら嬉しいです。この記事がそのきっかけになることを願っています。